内容豊かな文化交流

2019年3月号

高階秀爾 (大原美術館館長)

フランスにおいて大きな反響を呼んだ今回の「ジャポニスム2018」事業は、何よりもその視野の広さと内容の多様性において文字通り画期的であり、そのことがきわめて幅広いフランスの公衆の関心を呼びさましたのが大きな成果である。例えば、これまで紹介されることのなかった宗達の《風神雷神図屏風》や若冲の《動植綵絵》全30幅と《釈迦三尊像》がフランスの美術愛好家を喜ばせたと同時に、音、光、データによる池田亮司のインスタレーションや、特に最新のテクノロジーを多用したチームラボの壮大な「Au-delà des limites(境界のない世界)」展が若い観衆のあいだに大きな反響を巻き起こした。
 また、古代縄文時代の火焔型土器や遮光器土偶の新鮮な美的表現と並んで、現代の彫刻家名和晃平の金色に輝く巨大なモニュメント「浮遊する玉座」がルーブル美術館入り口のガラスのピラミッド内に設置されて、人々を驚かせた。

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古代縄文時代の火焔型土器
(c) Hiroyuki Sawada

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「浮遊する玉座」Throne 2018
mixed media h.1040, w.480, d.330 cm
photo: Nobutada OMOTE | SANDWICH

 舞台公演事業においても、古くから伝わる伝統的な雅楽や能楽、歌舞伎を改めて紹介するとともに、人気オンラインゲームに基づくミュージカル『刀剣乱舞』や、最新テクノロジーによるバーチャル・シンガー初音ミクのコンサートが評判を呼んだ。さらに、坐禅会や写禅語の体験など観客の参加を加えた禅文化の紹介、その禅とも関係の深い茶の湯の美学を伝える茶会の催し、また最近とみに人気の高い和食文化を実際に楽しみながらその文化的意味を考えるシリーズの開催、作品展示とあわせて職人による制作実演やワークショップを含めた工芸展事業、日本の各地の地域に根ざした民俗芸能公演や多彩な祭り、踊りを紹介する「『地方の魅力』-祭りと文化」などが、それぞれ関心のある観客を惹き寄せ、その結果、従来のジャンルの区別や、あるいは「伝統」と「革新」(イノベーション)の垣根を越えた総体としての日本の文化の力―近年しばしば用いられる用語を借りるなら政治力や経済力とは別の「ソフト・パワー」としての文化力―を広く発信する成果を挙げたと言ってよいであろう。

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坐禅会(写真・左)や写禅語セッション(写真・右)を通じて禅文化を紹介。

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パリ市立プティ・パレ美術館を会場として茶の湯の美学を伝える茶会を開催。
(c) Graziella Antonini

 文化の重要性に対するこのような認識は、明治初年のいわゆる文明開化の時期に指導的役割を演じた先覚者福沢諭吉の思想と見事に重なり合う。当時誰よりもよく西洋事情に通じていた福沢諭吉は、西欧先進諸国の優れた技術や政治制度を学び、それを取り入れることが急務だという積極的な西欧化論を唱えたが、それと同時に、明治15年に発表した『帝室論』において、皇室は政治や社会の外に立って国民全体の心の拠りどころ、その精神的支えとなるものだと説き、その役割としては、学問や諸芸術の保存、庇護を期待すると論じた。つまり学問・芸術のパトロンとしての役割である。それと言うのも、福沢の言う「諸芸術」とは、長い歴史のあいだに培われてきた「日本固有の技芸」であり、さらに言えば「日本固有の文明」にほかならないからである。その具体的内容は、眼配りの良い実際家の福沢にふさわしく、きわめて広い。すなわち、書画、彫刻、工芸(蒔絵塗物、織物染物、陶器銅器、刀剣鍛冶)はもとより、音楽、能楽、挿花、茶の湯、薫香、それに「諸礼式」を加えた各種芸道、剣槍術、馬術、弓術、柔術、相撲、水泳などの武術、さらには大工左官、盆栽植木、料理割烹から囲碁将棋に至るまで、あらゆる分野にわたっている。
 その内容は、今回の「ジャポニスム2018」のそれと驚くほど近い。福沢諭吉は、これらさまざまの芸術が日本固有の文明の所産であると述べたが、それが日本人の生き方(art de vivre)に支えられた人間的感動が生み出したものである以上、その感動を知る者は誰でも共有すること、さらには共感することができる。日本文化のよき理解者であったフランスの偉大な詩人ポール・クローデルが、日本のさまざまの芸術をあれほどまで深く理解し、愛好したのは、彼自身が優れた芸術家であったからにほかならない。「ジャポニスム2018」がまたそのクローデルの言葉を借りて「響きあう魂」と題したのはそのためである。とすれば、今回の「ジャポニスム2018」事業は、一方的な文化宣伝の場ではなく、それぞれ豊かな文化芸術の伝統を持つふたつの国の内容豊かな文化交流の舞台であったと言ってよいであろう。参加芸術家、関係者のすべてに祝意を送りたい。

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高階秀爾(たかしな・しゅうじ)
1932年東京生まれ、東京大学名誉教授・大原美術館館長・日本芸術院会員。東京大学教養学部卒業、東京大学教授、国立西洋美術館長等を経て現職。2000年紫綬褒章、01年仏、レジオン・ド・ヌールシュヴァリエ勲章、12年文化勲章。主な著書に『世紀末芸術』、『日本人にとって美しさとは何か』(ちくま書房)他。

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